旧約聖書における聖霊の働き

目に見えない神は、目に見えない働きをしています。聖霊の働きもその一つです。ですから自分の体験談や想像で聖霊の働きを議論しやすいのもうなずけます。(聖霊に満たされている経験を否定するものではありません。)このシリーズの目的は、神のことばである聖書が聖霊の働きについて何と言っているかをひも解くことです。ここでは旧約聖書における聖霊の働きを考えてみます。

神の創造における聖霊の働き

旧約聖書が書かれているヘブル語では、ruachは霊と訳されていますが、他の箇所では風、息とも訳されています。創世記1章2節と詩篇33篇6節を読むと、天地万物は神のことばと聖霊によって創造されたことがわかります。

三位一体の神(父なる神、子なる神、聖霊なる神)が天地万物の創造に関わったことは言うまでもありません。しかし、三位一体の神という概念は、イエス・キリストに示された啓示がなければ生まれてこなかった概念です。

新約聖書に啓示されている「聖霊とイエス・キリスト」の記事を書くときに三位一体の神と聖霊について詳しく説明します。

神の霊は悲しまれた

イザヤ63章8節ー10節によれば、イスラエルの民の不従順のために神の霊は悲しまれたと書かれています。神の霊が悲しむーこの事からわかるように神の霊は父なる神、子なる神と同じように神格(創造主、愛なる神)を持った方であると理解できます。

ある特定の人物、人たちに与えられた聖霊

旧い契約においては、聖霊はある特定の人物、神によって遣わされた人たちだけに与えられていました。たとえば預言者(エゼキエル2章2節、2ペテロ1章21節)、幕屋を建てる技術者(出エジプト記31章3節―5節)、イスラエルの人々を導くリーダーたち(民数記11章25節、士誌記3章9節―10節)、サウロやダビデのような王(1サムエル10章10節、ダビデ16章13節)のような人たちだけに与えられていました。

聖霊に関する旧い契約と新しい契約の違い

旧い契約では、聖霊はあるイスラエルの民の中の特定の人物だけに与えられていましたが、新しい契約では、主イエス・キリストを信じてバプテスマを受けた者、すべての人たちに与えられます。これは大きな違いです。主イエス・キリストは一人一人のクリスチャンの心に聖霊として宿っているともいえます。

聖書と聖霊の働き

神のことばである聖書は、聖霊に導かれた人々によって書かれました(2ペテロ1章21節、2テモテ3章16節―17節)。この意味では、聖書の著者は聖霊なる神ご自身であるとも言えます。しかし、神はその著者たちをロボットのようにして書かせたのではありません。地球を舞台に例えれば、神は舞台監督であり演出家であり極本科でもあるのです。監督下のもと、著者たちは全人類に通じる真理を書いたとも言えるでしょう。

 

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