暗闇から抜け出し人生の道を知る

人生には迷ったり悩んだりは付き物です。悩みや迷いを自分の力で振り払って、自分の人生をまい進する人もいます。しかし、そのような人は少数です。この世の名声と名誉と地位を確立した人は、一見、何の悩みもないように見えるかもしれません。そのような事はありません。そのような人がクリスチャンでもあるのです。事実、大手某テレビ局の元社長は敬虔なクリスチャンとして知られています。個人的にも知っているわたしの友人です。日曜日には必ず礼拝に出席します。

暗闇から抜け出す

人生の中には八方ふさがりのように感じる事はあるものです。何をやってもダメと思えるような時です。真っ暗闇の中にいて先が見えない、自分がどこにいるのかもわからない、あるいは自分がどのような道を歩んできたのかもわからない時です。しかし、キリストは次のように言っています。

「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」(ヨハネ8章12節)

この言葉は正真正銘、本当です。先日、オウム真理教に元幹部たちが死刑になりましたが、あのような偽物とは違います。キリストの教えに従う時に、暗闇だった心に光が差し込んできます。不思議なことですが、自分の心の重荷が徐々に軽くなような感じです。

光があれば人生の落とし穴も知ることもできるでしょう。光があれば周りもよく見えます。自分がどこにいるのかも知ることが出来ます。

かと言って、すべてが自分の思い通りにいってバラ色の人生が待っているという意味ではありません。人生の苦労は続きます。生きること自体が、修練であり、より良い人格を作っていくプロセスだからです。しかし、キリストについていく限り、暗闇の中で歩むことはありません。

人生の道を知る

言うまでもなく人生の道は一つではありません。いろんな生き方があります。「だから人生っておもしろい」とも考えられます。しかし、正しい道は一つしかないとわたしは思います。キリストは次のように言っています。

「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」(ヨハネ14章6節)

われわれ人間が神によって創造されたことを認識する時、創造主である神がわたしたちのことを一番よく知っていると理解できるでしょう。人間が造るものも、それぞれ目的があって造られています。料理のための包丁は肉や野菜を切ったりするために造られています。人を傷つけるためには造られてはいないのです。

わたしたちの命も同様です。命の使い方の処方箋、マニュアルはキリストがあたえてくださるのです。キリストに生きる道があるのです。

人は生きる道を模索し、何が真理なのかを探究し、人生の目的や生きる意味、命の意味を考えます。しかし、この探求は徒労に終わってしまうのです。人類は、どの時代においてもどの文化においても、道、真理、命を模索してきましたが、無駄な苦労なのです。

キリストだけが人生の道を教え、人生の真理を教え、生きる命を与えてくださるのです。

読者の皆様の上にキリストの豊かな愛が注がれますように。人生はキリストによって変えられる

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