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なぜ聖書の矛盾ー間違い?

聖書の矛盾―間違い

「聖書の矛盾ー間違い」は、おそらく聖書を読んだ方であれば誰でも疑問に思うことだと思います。わたしが聖書を学び始めた時、聖書には多少矛盾している?と思われる箇所があることに気づきました。聖書が言っているからと盲目的に信じるのではなくて、むしろ客観的に吟味・検証する必要があると思います。

聖書の間違い
、聖書の矛盾、聖書の矛盾ー間違い?は、ネット上で取り上げられています。(一般論的な解説は、聖書への批判が参考になります。)主張している方々たちの主旨はよくわかりますし、納得できる部分もあります。その一方で一部のクリスチャンの方々が、聖書には100%誤りや間違いがないという立場を取っている方もいます。さらに、創造科学という立場から強く反論し論争の様になってしまっている事は残念な事です。

そこで私は反論というよりは、クリスチャンの立場から説明し友好的な話し合いであればいいかなと思っています。読者の皆さんが双方を読み、より深く聖書を理解される事を望む次第です。ここでは旧約聖書から一つ、新約聖書から一つ、2つの例をあげて聖書の間違いや矛盾として指摘される個所について総括して考えてみましょう。

  • 聖書の間違いと真偽を論ずる目的と方法論
  • 聖書理解の3つの原則
  • 創世記1章と2章ー創造の矛盾
  • キリストの誘惑の矛盾
  • 旧約聖書の神の残酷の矛盾

聖書にはなぜ矛盾と思われる箇所があるのか

佐倉哲氏の貴重なサイト「聖書の間違い」で指摘されている聖書の間違いについて考えてみましょう。私は佐倉氏の博学と知識に敬意を覚え、またその知識が中途半端なものではなく、多くの書物を読破した結果として深く敬服しています。(おそらく、聖書読破は一般的なクリスチャンよりも数多くなさったのでは?と私は思います。)

聖書の中には、確かに様々な矛盾と思われる箇所があります。これは誰も認めるところです。神を信じている人と信じていない人が議論しても、同じ土俵にあがれませんから、なかなか議論がかみ合いません。ですから、佐倉氏への反論というよりも、一人のクリスチャンの観点から聖書の間違いについての解説として、読者の方に読んでいただければうれしいです。聖書の中に矛盾や間違いがあると思われる理由は、次の5つ考えられます。

  1. 聖書は長い年月をかけて、多くの違った人間が神の霊感によって導かれ書かれた書物です。たとえば、列王記と歴代誌のおいて、同じ時代の歴史の記録が記されていますが、それぞれの書かれた年代と目的はまったく違うのです。だから、多少のニュアンスの違いはあって当然といえるでしょう。
  2. 聖書は、科学的観点からは書かれていません。私たち読者が、21世紀の価値観、理論で聖書を読もうとすれば、矛盾と思われる箇所が発見されるのは当然のことと言えます。
  3. 聖書に書かれていることを全部、盲目的に信じる事は不健全なことだと思います。しかし、同時に聖書は霊的な書です。信仰によって読むことも必要です。信じるからこそ、理解できることもあると思います。
  4. 聖書は、原本から長い年月をかけて手書きでコピーをされたものです。手書きであれば誤字脱字はあって当然。数字を思い違いをして、書いてしまうこともありうるでしょう。
  5. 聖書を書き写した人が、自ら意図的に書き換えてしまうこともあったと考えられます。つまり、その人の解釈を入れてしまったということです。

オリジナルの原本から5人が書き写したとしましょう。A、B、C、D、Eの写本が出来上がります。それぞれの写本をまた5人が書き写したとします。都合、30の写本が出来上がります。それぞれ、A系統、B系統、C系統、D系統、E系統と名づけましょう。それぞれの系統には、違った特徴、特色が見られるのです。違いもあります。

上に述べた違いを、私はただ単に聖書の間違いと片付けてしまうのではなく、オリジナルが書かれた時代背景や写された過程を考慮して聖書を学ぶべきだと、私は考えています。聖書には間違いがあるから、神を信じられない!と結論付けるのは早すぎます。

皆様はどうお考えでしょうか。ご意見などお寄せ頂ければ幸いです。

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