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悔い改めの具体例

悔い改めの具体例

悔い改めの意味は次の2点でまとめられます。

  1. 悔い改めの過程において、最初に信仰告白をして不信仰から信仰へ人生の方向転換をします。
  2. 次に分自身の罪の告白をします。創造主なる神から離れて自分勝手な考えによって生きてきたこと(これが一番根本的な罪です)を認め、その結果として様々な形で罪を犯し続けてきたことを認める事です。

では、具体的に日々の生活の変化はどのように現れるのでしょうか。エペソ4章25節ー5章20節に書かれていることを具体的に次にまとめてみます。

悔い改めの前後

1.嘘偽り、 / 真実を語る
2.怒り、 / 憤りをとめる
3.盗み、/ 人に施しをする
4.悪い言葉、/ 人のためになる言葉
5.無慈悲、/ 親切
6・叫び、/ 赦しあう
7.愚かな話、/ 主に喜ばれること
8.偶像礼拝、/  神を礼拝する
9.暗闇のわざ、/ 光のわざ
10.賢くない人、/ 賢い人
11.酒に酔う、/ 主にむかって賛美する

聖書をお持ちの方はこの聖句を読んでみましょう。「罪のない人間にならないといけないとクリスチャンになれない」と思うのは誤解です。クリスチャンになっても私たちは罪人です。だからこそ、イエス様は私たちの罪のために身代わりとなって死んでくださったのですから。ただ普段の生活の中で心がけるべきことと考えてください。

罪の世界に生きる現実

ある人は「罪など犯した事ない。私の毎日の生活は善意と正義で満ちている。」と言います。しかし、人は何が善意であるか、何が正義であるかを決めることも出来ません。 人の価値判断は状況によって変化します。数年前に悪かったことが、今では社会的に受け入れられることは、数多く見受けられます。 その社会の中で人は生き、いつ日か自分が間違っていると信じていた事、あるいは正しいと信じていた事も覆されてしまいます。

また、ある人は人間の力で善意に満ちた社会を作ろうと努力しますが、これも無意味なことです。 罪ある人々は自分が一番だと自己中心的に考える一方で、そんな自分を嫌う、真偽してしまう存在になってしまいます。 その結果、人はお互いに傷つけ合ったりするのです。どのような組織、会社、業態にいても、私たちの罪のほころびは何らかの形で出てきます。公人が不祥事を起こすたびに、不祥事を起こした人や国の法律を犯した人や加害者が責められます。しかし、実は誰一人として「一つの罪悪も犯したことがない」と言える人はいないのです。陰では似たり寄ったりの事をしているかもしれないのが人間社会の現実です。

不正に満ちた世の中で生きているから、私たちもその不正に犯されているのです。善悪の感覚が鈍ってしまうのです。自分もいつ加害者になるかわかりません。不祥事を起こす当事者になるかもしれないのです。だからこそ、私たちは心を入れ替える必要があると思うのです。私たちの創造主なる神に心より立ち返り、自分の罪を認め神を信じて悔い改めるれば、神の祝福を受けてもっともっと有意義な生活がおくれます。

悔い改めの結論

悔い改めるとは生活パターンを変える事です。 私たちの悔い改めは、日々行われるべきものです。一日だけ悔い改めても続かなければ、その一日の悔い改めは無駄な努力になってしまいます。毎日毎日が悔い改め、人生を有意義に生きるための練習です。そして、私たち人間は、神に喜ばれる事を知り、神の御心を知ることにより、神によって創造された人間としての本来の生きる姿を知ることが出来るのです。 悔い改めの根底には、私たちの創造主である神が、私たちにとって一番良いことを知っているという信仰が息づいています。

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