バプテスマ=新しく生まれる

新しく生まれる

クリスチャンは「新しく生まれる」者として表現されます。その意味は何でしょうか。

天の国は何よりも大切なものであると、イエスは言っています。では天の国を頂くためには何を私たちはなすべきでしょうか。どのように神に応えるべきでしょうか。キリストとユダヤ人教師の会話を聞いてみましょう。

イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」ニコデモは言った。「年をとった者が、どうして生まれることができましょう。もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか。」イエスはお答えになった。「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。 肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である。 『あなたがたは新たに生まれねばならない』とあなたに言ったことに、驚いてはならない。風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」(ヨハネ3章3節ー8節)

天の国(神の国)に入るためには、新しく生まれ変わる必要があります。もし人生をやり直せるとしたらどんな方法をあなたはとりますか。スポーツ選手が肉体改造して生まれ変わるということを耳にしますが、しかしその肉体もいずれは衰えてしまいます。ゼロからの出発としてやり直せるとしたら何を選ぶでしょうか。なかなか難しい問題です。小学生の時に戻ってやり直すこともできません。様々な失敗をしてしまった後で、過去に戻りやり直すことなど科学の機器では不可能です。タイムマシンは人間の長年の夢ですが、過去があり現在があるという法則は不変の事実でしょう。

ではどうしたらゼロから出発できるのでしょうか。イエス・キリストによれば、新しく生まれるしかありません。その新しく生まれる方法は、神の力によって新しく変えられるということです。水はバプテスマ(洗礼)を指しており、霊とは神の霊を指しています。私たちが人生をやり直したいと考えるなら、まずはイエス・キリストを信じてキリストとともに人生を歩むと決心することが必要です。そしてバプテスマ(洗礼)を受けます。

しかし、人はバプテスマを受けたからといって「新生」が完成したわけではありません。バプテスマは単なる儀式ではありません。終われば弟子が造られたというようなベルトコンベヤーに乗って生産されるものでもありません。キリストの弟子、つまりクリスチャンとして歩むのであれば、日々の生活の中で継続的に新しく生まれ変わる必要があります。キリストの教えを常に心にきざみ、キリストと共に2人3脚で歩いていくのです。悪い習慣をやめて善い習慣を付けていきましょう。このプロセスにおいて、神の力、つまり聖霊によって人は生まれ変わることが出来るのです。

新しく生まれるプロセスは、私たち人間の力や努力によってなされるものではありません。信仰によってキリストと共に歩む過程において、新生が完成されるのです。このプロセスは、クリスチャンになり霊的に成長したいと思う人であれば、例外なく誰もが通るプロセスです。私たちがキリストに委ねる時、新しく生まれるという奇跡が起こると私は考えています。

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