イエス・キリストの権威

イエス・キリストの権威

イエス・キリストの権威はどこにあるのでしょうか。私たちが信じるに値する方でしょうか。

イエス・キリストは例えで自分がどのような人物であるかを明らかにします。その例として「わたしは道であり、真理であり、命である。」「わたしは命のパンである。」「わたしはこの世の光である。」このようなことを言う権威はイエス・キリストのどこにあるのでしょうか。ヨハネ8書12節ー14節を読んでみましょう。

8:12 イエスは再び言われた。「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」8:13 それで、ファリサイ派の人々が言った。「あなたは自分について証しをしている。その証しは真実ではない。」8:14 イエスは答えて言われた。「たとえわたしが自分について証しをするとしても、その証しは真実である。自分がどこから来たのか、そしてどこへ行くのか、わたしは知っているからだ。しかし、あなたたちは、わたしがどこから来てどこへ行くのか、知らない。」

イエス・キリストは父なる神から遣わされたと主張します。さらに「自分がどこから来てどこへいくか知っている。しかし、あなたたちは知らない」とも言います。厳密に言えば、イエス・キリストしか真実を知らないのです。誰も天に上った人はいません。ところがイエス・キリストは自分は天から遣わされ父なる神の御言葉を話していると繰り返し主張します。

私は自分がどこで生まれどこで育ったか知っています。それを他の人に伝えたらどうでしょうか。疑い深い人でも私の戸籍謄本を見せれば信じてくれるのでしょう。しかし天には戸籍謄本はありません。イエス・キリストの言葉を信じるか否かは私たち自身の心にかかっているのです。

イエス・キリストは自分の権威で教えているのではありません。その辺を詳しく述べている聖句があります。ヨハネ5章19節ー27節を読んでみましょう。

5:19 そこで、イエスは彼らに言われた。「はっきり言っておく。子は、父のなさることを見なければ、自分からは何事もできない。父がなさることはなんでも、子もそのとおりにする。・・・5:22 また、父はだれをも裁かず、裁きは一切子に任せておられる。5:23 すべての人が、父を敬うように、子をも敬うようになるためである。子を敬わない者は、子をお遣わしになった父をも敬わない。・・・5:26 父は、御自身の内に命を持っておられるように、子にも自分の内に命を持つようにしてくださったからである。5:27 また、裁きを行う権能を子にお与えになった。」

上記の聖句の鍵は2つあります。
1.「わたしは自分から何もできない。」
2.「また父はだれをも裁かず、裁きは一切子に任せておられる。」

自分では何も出来ないことをあえて認めています。同時に、父なる神はすべてを子に任せていると言っているのです。矛盾してそうで、矛盾していない言葉です。なぜなら、イエス・キリストは自分の意志では行っているのでもなく教えているのでもないのです。キリストは、父なる神の御心とおりに従順に宣教して、神の御国を伝えたのです。

 

神であるイエス・キリスト

イエス・キリストが「神であるイエス・キリスト」という’事実’を検証するには、イエス・キリストご自身の言葉を聞くのが一番ではないでしょうか。最初にヨハネ14章1-6節を読んでみましょう。

14:1 「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。・・・14:6 イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。

上記の聖句を読んで、神を信じることとイエス・キリストを信じることは同じであることにお気づきましょう。イエスは「心を騒がしてはならない。神を信じわたしをも信じなさい」と奨励しています。さらに天にいって場所を用意したら戻ってくるとも言っているのです。これはイエス・キリストの再臨を指しています。

イエス・キリストは、人間が神を信じて神に立ち返る唯一の道です。他の道は偽物です。事実はイエス・キリストは神ご自身なのです。イエス・キリストを見た者は神を見たのです。神の神格を感じ取ったのです。しかし、この方を信じるか否かは、私たちの自由です。

 

 

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