創造主なる神

創造主なる神

神の創造と被造物

創造主がいなければ宇宙も地球も私たち人間も存在しません。創造主なる神とはどんな神なのでしょうか。

聖書の初めのことばは、「 初めに、神は天地を創造された。」です。この言葉の傘の下に、聖書の残りの書があるといっても過言ではないでしょう。生ける神は天地万物、自然、そしてもっとも重要な創造のわざとして私たち人間を「神と似せたもの」として、他の被造物とは区別されました。

青空やまぶしい太陽を見る時、また夜の星空を見る時、神の力、知恵に驚くほかありません。自然を創造した神は、その自然をも支配しているのです。太陽、月は年月を決めるために造られ、また動植物は私たち人間の食料として造られたのです。

すべては神の権威によって始まり神の力によって終わるのです。真実の神以外、神はいないと聖書は教えています。他に霊的な力はありますが、すべて神の支配化にあるのです。このことについて、疑問をおもちの方がいらっしゃるでしょう。「もし神がすべてを支配しているのであれば、なぜ自然災害などが起こるのか」神がどのように私たち人間と関わっているかは、後のページで書きます。

自然の法則の中で不思議な事を考えてみましょう。それも何と調和のとれた自然なのだろうと驚く事です。 草食動物の牛からなぜあんなおいしいミルクと牛肉が出来るんでしょうか。牛は草だけを食べていればいいのですが、私たち人間は、草だけを食べて生きてはいられません。不思議だと思いませんか。私たちは、ただ神が創造された自然の調和に驚き、神の知恵に驚く以外ないでしょう。

川魚と思われているマスや鮭を考えてみましょう。あのような魚は川で生まれ、そして大人になるために海に出て行きます。そして体を大きくした後、生まれた川にまた戻ってくるのです。誰が教えたわけでもありません。人間が調教したわけでもありません。よく動物たちに様々な調教をして、多種多様な芸をやらせるのを聞きますが、それとこれとはわけが違います。驚くべき自然です。

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渡り鳥はどうでしょう。いつどこでどのように習うのか知りませんが、渡り鳥はどちらに飛べば、どの方向に行くか、既に生まれたときから知っているようです。私たちのまわりの自然を見てください。すばらしき神の知恵がそこにあります。神の存在は被造物によって知られています。

不義によって真理の働きを妨げる人間のあらゆる不信心と不義に対して、神は天から怒りを現されます。 なぜなら、神について知りうる事柄は、彼らにも明らかだからです。神がそれを示されたのです。 世界が造られたときから、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神を知ることができます。従って、彼らには弁解の余地がありません。(ローマ1章18節ー20節)

ここで聖書は神の存在は被造物によって明らかである、と言っています。被造物とは、神によって創造されたものを指しています。つまり、自然にあるものすべてであり、人間もそこに含まれます。

そこで、私たちのまわりの自然の営みを観察してみましょう。 まず私たち自身の体を見てみましょう。比較としてコンピューターについて考えてみましょう。現代はコンピューターの時代です。これからもどんどん発達していくでしょう。しかし、どんなに発達しても人間の脳にはかないません。大人の人間の脳の重さは約1.5kg弱です。その小さな脳に、ありとあらゆるコンピューターが行なう以上の考える力、感じる能力が与えられているのです。心臓はどうでしょうか。365日止まらず動いているのです。眠っている時でさえ動いているのです。平均寿命を80才としますと、85年間休まず動いているのです。このようなコンピューターが出現するでしょうか。たとえ出現したとしても、それは人間によって作られたものです。人間の目を見てください。これは世界中のどんな優秀なカメラでもかないません。どんな時にも自動フォーカスです。それも瞬時にフォーカスできるのです。コンピューターやカメラを見ると、デザインがあるのがわかります。目的があるのを見出せます。そこにはデザイナーがいて当然でしょう。

それと同じように私たちの体、手、目を見て、目的を私たちは見出せます。デザイナーがいると確信できるのです。 自然界にはいろいろな物理的な法則があります。ある物を空中に投げれば落ちてきます。法則があればその法則を与えた者がいた、と考えてもおかしくはありません。

たとえば、道路の標識を見てください。その標識を見て、それが元からあったのだと考える人はいませんし、突然そこに降って沸いたように現われた、と考える人もいません。その標識を決めた交通関係の機関があるはずです。同じように、法則があればその法則を与えた方がいるはずです。私たち人間には見えない方です。その方は天地万物を創造された唯一の神です。 生物的な法則もあります。命がどのように生まれるか、人間がいくら研究しても、その法則は人間が与えたものではありません。私たちの体内の細胞が、どのように変化して体を動かしているかも非常に興味深い研究ですが、私たちが法則を与える事は出来ません。そこには必ずその法則を与えた方がいます。

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