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三位一体の神

 

三位一体の神

三位一体という言葉自体、政治で「三位一体の改革」と使われるまで、一般には聞きなれない言葉であったでしょう。聖書が教える「三位一体の神」とはどんな意味でしょうか。

山の神様、学問の神様、安産の神様、家内安全の神様、山に宿る神様、海に宿る神様・・・日本にはいったいいくつの神様がいるのでしょうか。旧約聖書で次のように書かれています。

聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。 あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。(申命記6章4節-5節)

神は唯一です。神々、仏像と呼ばれる物は人間の産物に過ぎません。霊的な力などないのです。ただ悪魔の力によって動かされる場合もあるでしょう。神は唯一ですが、三位一体の神とも呼ばれ、違った役割をもった父なる神、子なる神、聖霊なる神がいらっしゃるのです。父なる神とキリストは一心同体の関係です。父なる神が命令するとおりに子なる神が行うのです。父なる神は、すべてを一人子であるイエス様に委ねたのです。イエス様ご自身、「父なる神の命令がなければ何もわたしは出来ない」と明言しています。

ヨハネ1章1節ー5節、14節を読んでみましょう。

初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。この方は、初めに神とともにおられた。すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。・・・ ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。

イエス様は、天からくだり人となる前は、三位一体の神として天地万物を創造された方です。上記の聖句のことばとは、一人子イエス様を指しています。1章14節が示すように、ことばは人となって人の間に住まわれたのです。

ヨハネ14章1節ー7節を読みましょう。

「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。・・・イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。 あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。」

この聖句が示すとおり、イエス様と父なる神は一心同体の関係です。また聖霊なる神とも同様に一心同体の関係を持っているのです。三位一体の神(父なる神、子なる神、聖霊なる神)は同じ目的、同じ心をもった一心同体の神であります。お互いに信頼してお互いに役割を委ねたのです。父なる神は、イエス様によって栄光を受け、またその逆にイエス様は神によって栄光を受けたのです。イエス様はご自分の栄光を求めませんでした。(ヨハネ8章48節ー58節、13章31節ー32節)聖霊なる神はイエス様に栄光を奉げました。(ヨハネ14章25節ー31節、16章7節、12節ー15節)このように、お互いに信頼関係を持つ関係、違った役割を持ちお互いに委ねる関係を三位一体の神はお持ちなのです。

三位一体の神は、私たち人間を創造される時、「我々にかたどり、我々に似せて」と言いました。三位一体の神の共同体を指して「我々」と言ったのです。つまり、神に似せて造られた人間にもこの信頼関係が確立されるようにとされたのです。

霊的な三位一体の神を、物質的なもので例えて説明するのは無理だと思いますが、敢えていえばリンゴを見てください。リンゴには皮があります。実があります。芯があります。それぞれがリンゴの部分です。

家族にもこの三位一体の信頼関係を求めているのです。父、母、子供は同じ名字をもっています。お互いにその名字を代表しているのです。一人が栄誉を受ければ他の家族のメンバーも栄誉を受けます。そのような関係を三位一体の神は私たちに求めているのです。

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