マタイの福音書5章7節

peace

「憐れみ深い人々は、幸いである。その人たちは憐れみを受ける。」

夏目漱石の小説に次のような言葉があります。「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」確かに名文ですね。この意味は、「理知的でいようとすると人間関係に角が立って生活が穏やかでなくなり、情を重んじれば、どこまでも感情にひきずられてしまう。」だそうです。

上記の聖句は、生きにくい世の中でどのように生きていくべきかを教えてくれる人生の処方箋といえます。マタイ5章3節ー6節までそれぞれ心の持ち方をキリストは教えています。その一つ一つが自分と創造主なる神がどのような関係を持つべきか、また隣人とどのように接するべきかを教えています。上記の聖句も同様です。隣人の能力や力を生かす生き方は、自分の能力と力を生かす生き方につながっているのです。自分以外の人を憐れむこと、これは神の憐れみを受けることにつながると。

あなたの慈しみに生きる人に、あなたは慈しみを示し無垢な人には無垢に。 清い人には清くふるまい心の曲がった者には背を向けられる。(詩篇18・26-27)

私たちの人間関係は、神との関係に必ず反映しています。日々の生活でどのように過ごしているでしょうか。隣人に愛、誠実、親切に接しているでしょうか。そのような態度が自分の心の成長にもつながっています。

しかし、「仏教でも同じようなことを言っているのではないか」と思う方もいるかもしれません。仏教用語の中に「因果応報」という言葉があります。辞書によれば「人はよい行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがあるということ」と書かれていました。確かに上記の聖句と同じ人生原則が示されています。なぜでしょうか。それは人間には神によって良心、善悪を判断する能力が与えられているからです。現実社会を観察してそこから真理を見出す能力が与えられているのです。しかし、人間の良心には限界があります。私たち人間が知るべき人生の真理の半分も知り得る事は出来ないでしょう。

イエス・キリストは私たち人間のあるべき姿、すべての真理を教えてくれたのです。だから私たち人間は、イエス・キリストの教えに耳を傾けるべきだと思います。

 

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