人生の目的、生きいる意味

私たち人間の生きる意味は何でしょうか。宗教や哲学に見出すことはできるのでしょうか。偉い先生から学ぶことはできるのでしょうか。遊ぶために仕事してお金を得て、そして飲んで騒いで楽しくやれば良いと考える人もいるでしょう。生きる意味は、人生の軸足をどこに置くかによって違ってきます。

個人的な話ですが、私は若い時にはいろんな悪をしました。自己満足の悪でした。しかし、その悪行の限りを尽くした後は、必ず何か空しい思いが心に宿ったのを覚えています。皆さまはどうでしょうか。それから何年もしてから私はイエス・キリストという方に出会いました。私はイエス・キリストが、私たち人間に人生の目的を与えてくれると心から信じています。

ネットの自己学習は、自分で考える時間がある、何のプレッシャーもないことが良いと思います。イエス・キリストが本当に人生の目的を与えてくれるのか、じっくりとこれらの記事を読んで観察して考えてみてください。当サイトを通して、読者の皆様が納得がいくまで探求して頂ければ、この上ない幸いです。

イエス・キリストが歴史的人物であり実際に約2000年前に1世紀のユダヤで生きたということは、他のページで書きました。この方の教えにこそ、人生の目的、人間が生きる意味があると私は心から信じています。読者の皆様もキリストの教えを聞けばうなずく部分がたくさんあると思います。人生に迷っているのなら、キリストの教えから学びましょう。人生の光があなたの心に差し込んでくるはずです。

迷路

我々が生きている間、誰でも壁にぶち当たることがあります。失望感と絶望に押しつぶされそうなこともあるかもしれません。一度くらいは「いっその事、死にたい」と思ってしまったこともあるかもしれません。人生いろいろです。山あり谷ありです。

上記の画像のように、出口のない迷路に入ってしまったらどうしましょうか。出直しはできないのでしょうか。ゼロからの出発でやり直しはできないのでしょうか。人生のやり直しに遅すぎる事はありません。今が変わる始める第一歩ではないではないでしょうか。どうにもならないと感じたらキリストの教えを聞いてみましょう。答えはキリストに必ずあります。

 

人生の岐路

人生の目的

私たち人間は、何のために生まれ、何のためにこの地に生きているのでしょうか。そしてどこへ向かっているのでしょうか。生きている意味が分からないままで生きるって、暗闇のトンネルの中にいるみたいではありませんか。人生の目的は何でしょうか。

過去を振り返ればいろいろな失敗があったかもしれません。わたしの場合は、生きる意味を理解していなかったから、様々な愚かなことをやり続けたのです。かといって過去に戻ってやり直しはできません。そこで人生をやり直すには、やはり生きる意味、人生の目的を知らないと・・・・。人生の目的を考える前に、自分の人生の軸足をどこに置いているのかを考えてみましょう。

五木寛之氏の「人生の目的」

聖書が教える生きる意味

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